■サラ・パレツキーへの招待状
ミステリ、あるいはハードボイルド好きの方なら、サラ・パレツキーの名前をご存じでしょう。シカゴの女性探偵V・I・ウォーショースキー(V. I. Warshawski)を生み出した作家です。1982年にIndemnity Only(山本やよい訳『サマータイム・ブルース』ハヤカワ文庫 1985年)でデビューして以来、ウォーショースキーシリーズだけで10本以上の長編を発表しています。最新作は2004年の『ブラック・リスト』(山本やよい訳 早川書房)。
もともとハードボイルドは好きで、レイモンド・チャンドラー→ダシール・ハメット→大藪春彦(→船戸与一・森詠)と読み継いできました。こうした読書遍歴からわかるように、私はあまり乱読するたちではなく、作家の思想的立場にどうしてもこだわってしまいます。1996年に大藪が亡くなって、これから誰の作品を読んでいけばいいのか……と途方に暮れていたときに出会ったのが、パレツキーでした。彼女のデビューから14年後の遅すぎる出会いでしたが。
パレツキーを評価する理由は、フェミニズムをバックボーンとする社会的弱者への共感です。『バースデイ・ブルー』(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 1999年)の一節を引用しておきましょう。
ソニア・マレクが春の資金集め計画を報告している真っ最中に、私は息を切らして席に滑り込んだ。アルカディア・ハウスの代表マリリン・リーバマンが私に向かって手を振り、ロティ・ハーシェルはもの問いたげに眉をつりあげた。しかし、ソニアの報告を邪魔する者は誰もいない。非営利団体の例に漏れず、アルカディア・ハウスもわずかな補助金と寄付金とでやりくりしている。理事会の主な仕事は資金をかき集めてくることだ。
女たちの行動主義をそれぞれに実現することで、私たちの大半は何年もの間一緒に活動してきた。一番古いつきあいはロティだ。私が学生だったころ、地下組織の女性たちに中絶の方法を教えてくれたのがロティだった。(『バースデイ・ブルー』ハヤカワ文庫 1999年 24ページ。ただし訳文は柴崎による)
主人公のウォーショースキーは1952年、ポーランド人の父親とユダヤ系イタリア人の母親から生まれました。アメリカ国内では移民の子ですね。ロースクール卒業後、しばらく国選弁護人をしていたのちに、私立探偵へ。離婚歴1回。子どもなし。引用したなかの「アルカディア・ハウス」は家庭内暴力に苦しむ女性や子どもたちのためのシェルターで、ウォーショースキーはここの理事をしています。おもしろそうでしょ? こうした登場人物たちの設定とあいまって、パレツキーは、現代アメリカの抱えるさまざまな矛盾を、弱者の側から描き出しているわけです。
というわけで、上質なミステリをお探しのあなたには、パレツキーを一押ししておきましょう。
【付記】
初出は「サラ・パレツキーはいかが?」(『くらしと教育をつなぐ We』1998年4月号 フェミックス)。以前のコンテンツは、初出原稿を書き直したもの。今回はさらに書き直しをしています。